« 2009年08月 | メイン | 2009年10月 »

2009年09月30日

行政改革

新政権が、補正予算の見直しを行う。
確かに、税金の無駄遣いは良くない。
しかし、現段階で、どれが無駄遣いであるかということがどこまでわかるのか。
政策は、継続性が必要だが、新政権になってどのように政策を進めてゆくかが不透明だ。
大臣の属人的能力にその判断を委ねていいのだろうか。
暮らしや仕事に直接及ぼす影響はもとより、長期的な教育や社会基盤の構築は、その方向転換は、十分の議論が求められる。

たとえば、将来急速に減少する農業に従事する人たちの教育は、今でさえ十分に行われているとは云えない。
人材の枯渇が明白だ。
この問題に具体的にどのような政策を行うかということは、不明確だ。

たとえば、農業従事者・農場管理者・農業経営者という機能ごとに教育を行うことが求められている。
この教育のプログラムをどのように立ち上げるか。
早急の対処が求められている。

投稿者 t_butta : 07:11 | コメント (0) | トラックバック

2009年09月29日

偶像

赤いワインは、血の色。


大切な人との出会い。


投稿者 t_mobile : 21:17 | コメント (0) | トラックバック

2009年09月28日

知のプロセス


知がどう生まれか!




投稿者 t_mobile : 23:05 | コメント (0) | トラックバック

2009年09月27日

稲刈りが終わった田んぼの藁(わら)


藁のかおり。

この時しかしない、にほひ。


知る人しか知らない。

投稿者 t_mobile : 23:43 | コメント (0) | トラックバック

2009年09月26日

唯可信

唯可信(ゆいかしん)は、仏法に出てくる言葉である。

ただひたすらに、それを信じると云うことである。

人は、時に迷い、時に自らの非力に絶望する。

自らすらを信じることができないことに、折々に出逢う。

そんな状況にあってこそ、それを信じつづけるということである。

それとはなにか。


自らがなぜ生きるかということを問うことである。

ゆえに、自らを信じるしかないということでもある。


であるから、今がある。

投稿者 t_butta : 23:19 | コメント (0) | トラックバック

2009年09月25日

さい川

金沢・浦田の銘菓『さい川』


なんともぼっこりした味。
隠れた金沢みやげ。

コーヒーにも紅茶にも日本茶にも合う。
一段だけだと思うと、底紙を取ると、もう一段入っている。

得した気分。

投稿者 t_mobile : 23:58 | コメント (0) | トラックバック

2009年09月24日

ある方のご紹介で箸を造り企画されている会社を訪ねた。


割り箸は、A4一枚で二膳半作れるという。

また間伐材や伐採が必要な雑木林があるという。
社員食堂などでは使い回しの箸のほうが洗浄や消毒で必要以上に環境に良くないのではないか、ということも云われている。
確かに、リサイクルとして箸をもう一度ちゃんと考えてみなければならない。


しかし、割り箸もいろいろある。


投稿者 t_mobile : 06:46 | コメント (0) | トラックバック

2009年09月23日

稲刈り

コンバインでの稲刈り!

五条刈を一度に刈り取る。

籾の水分はすでに18%程になっている。

久しぶりの雨が降り、稲刈りはひとまず休止。


投稿者 t_mobile : 03:36 | コメント (0) | トラックバック

2009年09月22日

東畑精一

東畑精一は、日本の農学の祖。

きわめて優れた論理を提唱している。
以下がその一説。


主著『日本農業の展開過程』では、師であるシュンペーターの理論を援用し、日本の農民の大半は企業者精神を欠如した「単なる業主」であり日本農業を動かす「経済主体」とはなり得ないと論じた。この考えは戦後の農地改革を経ても変わらず、『日本資本主義の形成者』では多くの農民が改革によって自作農になったにも関わらず零細経営のため新しい農業を形成する主体にはなりえていないとしている。
※ウィキペディア(Wikipedia)より抜粋。

投稿者 t_butta : 02:09 | コメント (0) | トラックバック

2009年09月21日

稲刈りも最盛期。 コンバインからみると、田んぼの脇に繁る薄(すすき)の穂。

母方の祖父からは、この葉の色を基準に稲の葉色を診ろといわれたことを今でも忘れない。

カラースケール(葉色板)が無い頃の知恵である。

もっと優れているのは、薄さえ季節によって色が変わるところにある。


投稿者 t_mobile : 13:06 | コメント (0) | トラックバック

2009年09月20日

稲刈り

稲刈りも中盤。

ちょうど折り返しくらい。


今年は、天気に恵まれ、順調に稲刈りが進んでいます。


そして、日が暮れそうなとき、向こうには白山が見えた。



投稿者 t_mobile : 20:27 | コメント (0) | トラックバック

2009年09月18日

重陽の節句は、の節句ともいう。
旧暦で9月9日。

菊が秋のものだと知ったのは最近のこと。

菊は、古くて新しい花だと思う。

それは、歴史的に伝統中にあるということ。

そして、花そのものを見ると、その美しさ、重厚さが、現代にあっても、魅力を放ち続けていること。

華やかな花が多い中で、日本の心を表すものを持っている花である。

投稿者 t_butta : 23:41 | コメント (0) | トラックバック

どうなる

政権が変わった。

新しい内閣で、総理大臣も、農水大臣も代わった。

転換期のなかで、政治や政策に振り回されず、着実に農業をすることが、我々の役割だ。

何がどうなるか注視したい。

投稿者 t_butta : 18:23 | コメント (0) | トラックバック

2009年09月17日

偶然と必然


ばったり、何処かであったり、電話をかけようと思っていたらかかってきたり、偶然がある。

計画的に、何かを進めても、それが思うようになることはない。

その、意図しなくてかみ合ったり、意図してもかみ合わなかったり、何か見えない力が働いているとしか、考えようのない出来事が、日々起きている。

これは、何か、間であったり、思いであったり、するのかもしれない。

きっと、神経が微弱な電気で伝達機能をはたしているように、ひっとしたら、人間が電波を出し、それによって交信している思うことが満更ウソではないような気がする。

言い換えれば、偶然という必然がそこにあるのかもしれない。

投稿者 t_butta : 23:15 | コメント (0) | トラックバック

2009年09月16日

希望

昨日、NHKで希望学についての特集があった。

希望がもてない社会、そうしている社会構造。

この原因は、何か。

また、希望を持つことによって得られるものとは。


生きる希望をどのように得ていくか。

心ない出来事や関わりには、どのように向き合えばいいか。

人間である以上、生と死について考えなければならない。

これはまた、われわれ人間に課せられた運命でもある。

どのように生きてゆくか、この生き様こそが、自らの人生の足跡でもある。


私は、どうして生きるか。
なぜ生きるか。

未だ、このような事を問うには未熟すぎ、そのような意味すらない人間かもしれないが、それを問うことに足を踏み入れなければならない。
それが、未熟者であるがゆえの試練と使命かもしれないと思うのである。

稲刈りをやり始めて、およそ40年弱、仕事として米づくりを手伝って27年が経つが、未だ稲すらろくに作れないこの事態をどのように処するかも、また、避けられない重要な事実である。


父は、16から正式に家長になり、57年、手伝いを入れると60年余稲にたずさわってきた。

この時空にどのように、展望と希望を持ち続けたか、足跡すらたどれないでいる。

投稿者 t_butta : 00:00 | コメント (0) | トラックバック

2009年09月15日

ガイドライン

特別栽培ガイドラインの看板。

稲刈りがはじまり、半年間田んぼに立てられていた特別栽培米のガイドラインの掲示板も役目が終わる。

今年の作柄は収穫してみないとわからない。


多収を願う。


投稿者 t_mobile : 05:52 | コメント (0) | トラックバック

2009年09月14日

超ミニ USB メモリ

とっても小さいメモリ。4GBある。

猫のマークが付いている。

しかし、自分は猫も犬もダメ(^^;)


ネズミ年だからかなぁ〜。


投稿者 t_mobile : 04:15 | コメント (0) | トラックバック

2009年09月13日

野菜本

野菜の便利帳

初刊は30万冊売れた本。

カロリーまで書いてある。わかりやすい。

化学調味料が纏わりついた舌では味がわかりにくいかもしれない。

そんなときは、舌に纏わりついたものをきれいに落とすしかない。

落ちるかな?


投稿者 t_mobile : 21:19 | コメント (0) | トラックバック

2009年09月12日

静慮

心を落ち着けて静かにおもいをめぐらす。

雑々とした社会にあって、静をもって慮となす。

静と慮

投稿者 t_butta : 23:00 | コメント (0) | トラックバック

2009年09月11日

JGAP

弊社は、2009年9月7日付けで、JGAPの認証農場となりました。

JGAPとは、NPO法人日本GAP協会が認証する農場の安全管理を一定のルールによって進めるものです。

これは、現在北陸三県では、初めての認証になります。

本日、プレスリリースをいたしました。


今後も、品質管理の向上に努め、良いものを喜ばれようにお届けする取り組みを進めて参りたいと思います。

投稿者 t_butta : 23:39 | コメント (0) | トラックバック

2009年09月10日

のうしゃだい

農業者大学校広報誌が届く。


目を通す。

どこへいくのか?


投稿者 t_mobile : 22:46 | コメント (1) | トラックバック

2009年09月09日

ひと

人の育成の会議があった。

いろいろな角度からの話が出たが、農業経営をしている経営者からは、幅広い意見が出た。

いろいろな育て方があってもいい。


しかし、そのまえに農業者とは何か。
ここがポイントであると思う。

投稿者 t_butta : 23:37 | コメント (1) | トラックバック

2009年09月08日

政策


政局によって政治が動乱期にある。

しかし、それとは別に、政策は、実態をとらえ、着実に成果をあげるプロセスとして、必要とされている。

だれが、やろうとも現場の課題は課題であり、政党のための政策ではない。

いまや、個人が政策を提示できる時代となりはじめた。

個人自らが、政策を語り、社会に提示できる時代である。

特に、ネット社会は、情報や価値、知識を時空を超えて、駆けめぐることができる社会であり環境である。


いま、個人として、日本はどうあるべきか、大きな指針とそれに基づく、各論を提示できる時にある。

投稿者 t_butta : 23:17 | コメント (0) | トラックバック

2009年09月07日

美川幼稚園

白山市立美川幼稚園の園庭。

昨日、美川に行ったので久しぶりに、美川幼稚園に立ち寄った。

もう6年まえになるだろうか。
砂場に稲を植えるお手伝いをした。
数年はお手伝いしたが、その後は地元の人に引き継がれたと聞いている。

たわわに実り、垂れた穂をみると、手伝ってよかったと思う。

農は生活の身近にあるものであり、食は生きることそのものである。

小さな取り組みであってもこうして、続けられていることに大きな意味がある。

人生に一度だけでも、稲の生長を視、触れることになるからである。

日本の生い立ちと稲が、密接に関わっていることを知っても知らなくとも、子供たちには、経験という記録が何かの機会かもしれない。


投稿者 t_mobile : 09:53 | コメント (0) | トラックバック

2009年09月06日

ひまわり

会社の前に咲くひまわり。


鮮やかな黄色。


投稿者 t_mobile : 23:40 | コメント (0) | トラックバック

2009年09月05日

発心

発心(ほっしん)とは、平たく云うと、悟りを求めようと心を固めることである。

ひとは、迷い悩むものである。

その迷いや苦しみから解脱し、穏やかな世界へと導かれたいと思うのも、当然である。

悲しみや苦しみに打ちひしがれたとしても、その、心がけとしての自らが、どこにその身を置くかによって、それから先のことは決まる。

いいかえれば、心がけがその未来でもある。

未だに邪念に満ちていても、願えば、真理へ道はつながっているだろう。

投稿者 t_butta : 17:20 | コメント (0) | トラックバック

2009年09月04日

出会い

中小企業団体のメンバーとの出会いで、シェフやバテシエとの出会いがあった。

彼は、新進気鋭の若い料理人たちだ。

夢を語り、冗談をとばす。


新しい、道を切り開いてゆくエポックリーダーだ。

きっと、こういう人たちととともに、新たな時代をつくってゆくことになるのだろう。

投稿者 t_butta : 23:16 | コメント (0) | トラックバック

2009年09月03日

きょうの料理

今日の料理は、ほりえさわこ先生の出演。

いつもお世話になっている料理研究家堀江ひろ子先生のご息女。

ほりえさわこ先生は、韓国に料理留学をされた経験をもっておられる方。

世田谷政情にあるお宅にもお邪魔したことがあるが、お二人とも気さくな方である。

堀江ひろ子先生には、この夏、宿漬けで、当社にお越し頂いた。

来週7日の今日の料理も、ほりえさわこ先生のご出演です。

投稿者 t_butta : 21:13 | コメント (0) | トラックバック

2009年09月02日

ある雑誌から、

松下幸之助が設立したPHP研究所が出した雑誌の裏表紙にあった記事を引用する。

------------------------

苦難を味わう

 人はときに苦難に出合い、逆境に陥る。それにどう向き合うか。そのことによって、その人の真価が決まるといえる。志をなくして自棄を起こすか、他人を当てにし助けを求めるか。それとも捲土重来を期して、なすべきことに打ち込むか。
 志を失い、ただ不平不満を募らせていても、逆境から抜け出すことはできない。また、自らは何の努力もせず、他人に頼るというような人に、誰も力になってはくれまい。
 だとすれば、辛いことではあるが、一度その境遇にどっぷりと浸かり味わってみる。そして、頼れるのは自分だけと覚悟して、なすべきことをなしていくことである。すると案外、苦しみが思ったほどではなかったり、むしろそこにやりがいや楽しみが感じられてくることもあるではないか。さらにそんな真剣な姿には、周囲の協力もおのずと集まってこよう。
 身に降りかかった困難、苦難は、自らの力で乗り越えていくしかない。そのことを心に言い聞かせつつ、困難、苦難に身をゆだね、楽しみ味わえば、それをばねとして、さらに人として一回り大きく成長できるにちがいない。

--------------------

自らを振り返るいい機会である。
苦難の連続である。
それは、自らがつくった苦難である。

投稿者 t_butta : 23:01 | コメント (0) | トラックバック

2009年09月01日

食農連携


本日、一般社団法人日本食農連携機構の設立がなされた。

長年の課題である食との農を近づけ、つなぐ役割を果たしてゆくものである。

設立は、まずは、組織を作り、来年の春に向けて、会員の募集や組織の構築、コンテンツの整備などを進めてゆく。

今日は、キックオフといったところだった。

正式にサイトも近々に立ち上げる予定です。

いろいろ、決まってきましたら、みなさんにお知らせします。

投稿者 t_butta : 23:42 | コメント (0) | トラックバック