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2009年12月31日
さよなら
ごきげんよう、2009年。
お世話になりました。
そして、ありがとうございました。
良いお年をお迎えください。
投稿者 t_butta : 23:59 | コメント (0) | トラックバック
2009年12月30日
思想
1922年の今日は、- 世界初の社会主義国家「ソビエト社会主義共和国連邦」(ソビエト連邦)が建国された日とされている。
社会が思想としてのモデルを国家として樹立したととらられると思う。
経済の低迷は、なぜか、対極にあるモノへの依存を高める。
確実なモノ、普遍的なモノへのシフトである。
どのような思想によって、自らが建っているのかということを、少し自問したい。
というのは、普段は、中立改革的立場をとってきた。今後も同じようなスタンスをとるとおもう。
しかし、年末にあって、自らの依ってたつものが何であるかということを改めて確認したい。
それが、自分にとっての大掃除だろう。
そうして、ひとつの区切りをつけていければと思う。
故に、全てを分解することになる。
投稿者 t_butta : 17:48 | コメント (0) | トラックバック
2009年12月29日
政権と年末
今年の年末は、何か、いつもの年末とは違う。
唯一、政権が変わったから。
いや、経済危機の二番底手前だから。
なにか、違う年末。
古いモノを振り切ろうとする政権。
新しい時代が切り開けるか・・・
いゃ、すでに21世紀は始まっている。
来るべき未来は始まっている。
だとしたら、これは、未来へゆく、通おらざるえない道。
この社会は、どこへ向かうのか、、
おそらく、20世紀のように、誰かが何かを示してくれる社会ではないのかもしけない。
東西冷戦が終結し、政治的な対局は縮小した。
民族と宗教対立が、世界を脅かしている。
いずれにせよ、今年を総括し、来年を迎えるしかない。
新たな政治スタイルは、予測できないものであるのだろう。
そして、さらに、過去の残骸をどのように処理できるかでもある。
農業は、普遍性を伝承し、昇華できるか。
きつと、来るべき未来は、普遍性と美への欲求、感性の時代ではないかと感じる。
もちろん、社会基盤は、丁寧にさらに合理的なものになってゆくのだろうけども。
あと3日。
投稿者 t_butta : 18:37 | コメント (0) | トラックバック
2009年12月28日
黄砂
珍しく冬に黄砂が降る。
車が一夜にして縞模様。
中国大陸からの来訪者。
近い何かを感じる。

投稿者 t_mobile : 07:16 | コメント (0) | トラックバック
2009年12月27日
ダイナミズム
ある人から以前に言われた。
やめなければ終わらないと。
たしかに。
しかし、そこまで耐えられるかだ。
忍耐としぶとさ。
それに見合う力。
だれでも生きられるわけはない。
しかし、皆は生きたい。
競争ではく、共生。
それこそが、新たなダイナミズムではないかと。
勝てば、負ける人がでるのは当たり前だし、それが全ていいとは思わない。
最後は、共生だ。
でなければ人類ではない。
どこまで、共生出来るかが、強さかもしれない。
弱い人を認める強さ。
もともと、強い人などいないのかもしれない。
だから、擬似的に強くなりたいと勘違いしているのかもしれい。
投稿者 t_butta : 00:08 | コメント (0) | トラックバック
2009年12月26日
時と場
場の話はよく聞くが、時は見えないから、定義されにくい。
場は面的なもの。
時はそれを動かす慣性みたいなもの?
だとしたら、どこに進むか?
それが場を動かしていく力。
大切なベクトル。
投稿者 t_mobile : 00:01 | コメント (0) | トラックバック
2009年12月25日
クリスマスの過ごし方
あるサイトに、「クリスマスの過ごし方」に関する意識調査結果というのがあった。少し古い情報だか。
経済の状況や、人の価値観などで、生活のカタチが、変わってゆく。
人は、いろんなものを探しているのだろう。
同じである続けることはない。
変化を楽しむ人々に、どのようにサービスを提供できるかにかかっている。
他人事ではない。
投稿者 t_butta : 03:28 | コメント (0) | トラックバック
2009年12月24日
雪囲い
ここ20年ほど、暖冬傾向になって雪囲いはしなくなった。
丸太をたて、薦(こも)ゆ波板などを縄で縛り、雪の圧力を防いだ。
縁側の長戸や、大屋根から落ちる雪で、ガラスが割れたり、戸が開かなくなるのを防いでいた。
しかし、雪が1メートルも積もらなくなって必要なくなった。
名残は、玄関の風除のサッシぐらい。
今は、屋根雪降ろしもしなくなった。
温暖化は、生活の風物詩も消してゆく。
そして、そのノウハウも消えてゆく。
この現代は、どこへ向かってゆくのか。
誰が舵を切れるのか。
混沌とした現況をどう打開するのか。
春になり、雪囲いを外すとき、部屋が明るくなるとともに、心が明るくなってゆくことを思い出した。
誰かが、呪縛の縄を切る必要があるのかもしれない。
それは、ひとりひとりの役割なのかもしれない。
投稿者 t_butta : 23:57 | コメント (0) | トラックバック
2009年12月23日
新しい
挑戦と簡単にいうが、簡単ではない。
この困難な状況に挑む勇気と想いは大切にしたい。
ゆえに、手伝えることは意味のあることである
投稿者 t_mobile : 23:49 | コメント (0) | トラックバック
2009年12月22日
北陸
農政局でお世話になった方に、昨日、また、いろいろお世話になった。
久しぶりにお目にかかったが、さらに切れが良くなられた感じでした。
さらにその方のご紹介で、以前お目にかかった方にお世話になった。
お世話になるというのは不思議なもので、独りでは生きられないことを確認する機会である。
わからないことは、わかる人に教えてもらう。
聞かれて、わかることは伝える。
単純なことかもしれないが、大切なこと。
十分なことができているわけではないが、ひとつひとつ大切にしてゆくしかない。
雪が、雨に変わる、寒いけど、少し暖かい、あの雨がいい。
。。。
投稿者 t_butta : 04:27 | コメント (0) | トラックバック
2009年12月21日
ベタ雪
明け方は暗い。
結局、ベタ雪。
水分多くて重い。
雪吊り、いつも暖冬でやっていない木もあるから心配。
枝が折れなければいいのだか。
そんなことより自分のこと心配しろって。。。
投稿者 t_butta : 05:15 | コメント (0) | トラックバック
2009年12月20日
雪道
これくらい降ると除雪車が通り、きれいになるはずだが、、、
三枚目の写真は、コミュニティーバスの通る道。ここだけ除雪されていた。
今回の雪は重く水分が多い。
冷えると氷雪になる。



投稿者 t_mobile : 14:21 | コメント (0) | トラックバック
2009年12月19日
積雪
雪が積もった。
ようやく冬らしくなってきた。
これが、北陸の冬。
なぜか落ち着く。
冬は、冬らしく。
投稿者 t_butta : 23:49 | コメント (0) | トラックバック
2009年12月18日
国連加盟記念日
国連加盟記念日/国連加盟承認の日(日本)
1956年12月18日に日本の国際連合加盟案が全会一致で可決され、国連加盟が承認されたことに由来し、{{要出典範囲|外務省が制定。}}
ということらしい。
国連がどのように機能するか、極めて重要な時代に入った。
投稿者 t_butta : 01:53 | コメント (0) | トラックバック
2009年12月17日
雪景色
低い雲。
夜明け。
少し積もる。
時折、霰が降る。
落ち着く。
。。

投稿者 t_mobile : 07:01 | コメント (0) | トラックバック
2009年12月16日
県立大学
学生は、主に二年生。
他に、四年生も。
どのように自らをブランディングし、マネジメントするか。
まさしく、自己発見と改革。
自分がいちばん勉強になる。
投稿者 t_mobile : 19:23 | コメント (0) | トラックバック
2009年12月15日
能登
石川県には、能登と加賀がある。
私の住んでいるところは、加賀。
金沢を中心とした地方経済であり、前田藩政の雅の文化でもある。
能登は、日本海側で一番大きな半島である。
半島という表現にふさわしい、回遊性の低い地域である。
いわゆる、用のないひとは行かないところである。
いままでは、寂れた過疎の地域は、魅力のない地域とされた。
社会が成熟化し、文化度が高まる中で、その非回遊性や、その静けさが、価値となる。
大きなことや貨幣価値だけを追うことは否定はしないが、しづかな暮らしには似合わない。
最近、在日スウェーデン大使館に勤める人と北欧について話すことがあるが、まさしく、無から生み出す美や文化が、その生活を支えている。
饒舌なことも時には必要かもしれないが、静慮な趣を大切にする暮らしも、また、なお落ち着くものである。
投稿者 t_butta : 23:39 | コメント (0) | トラックバック
2009年12月14日
南極の日
1911年12月14日に、ノルウェーの探検家ロアール・アムンセンと4人の隊員が人類で初めて南極点に到達したことに由来と云われている。
先日、あるお客様から、、
南極ツアーに行くのだが、漬け物を持って行けないかと・・・
おそらく、無に近い南極では、料理も華が必要だと思う。
無と有の関係である。
投稿者 t_butta : 23:01 | コメント (0) | トラックバック
2009年12月13日
ビタミンの日
今日は、ビタミンの日。
鈴木梅太郎が、脚気を予防する成分を米糠から抽出し、アベリ酸(後にビタミンB1)と命名して、東京化学会で発表したのが、1910年12月13日であったことを記念して、2000年9月に制定されたらしい。
ビタミンは、Aに始まりB.C.D~といろいろある。
最近は、サプリメントの摂取も多いらしいが、私は、一切そんなものを飲まない。
薬も飲んでいないから、摂るものは食事から。
日本人が一番最初に発見したとは。
投稿者 t_butta : 15:09 | コメント (0) | トラックバック
2009年12月12日
師走というのに
明らかに温暖化している。
冬に閉ざされた時と、思うことが変わってゆく。
投稿者 t_mobile : 23:59 | コメント (0) | トラックバック
2009年12月11日
次代への基軸
未来を見据えたとき、何に展望がもてるだろうか。
縮小均衡の日本社会にあって、何を展望すべきか。
社会にあって、一個人として何ができるか、何をすべきか。
この時代にあっても、生命が生きうる限り、社会は、人間が造ったものであり、その社会の枠組みを超越して、新たな基軸を提示しなければならない。
すでに始まった未来へ向けての、基軸をどう置くのかという、新たな定義をしなければならない。
投稿者 t_butta : 23:41 | コメント (0) | トラックバック
2009年12月10日
人権
今日は、世界人権デーである。
日本は、古来から島国であったとされている。
実は、単一民族のようであるがそうではない。
先住民族に始まり、いくつかの人種が交差している。
これは、生物学的に正しい姿であると思う。
というのも、おそらく生物的には、異種は異種であり、同種は同種でしかない。
しかし、人間のように同種であってもDNAの個体識別によって、個人までその違いを特定できるようになっている。
ということは、同種であっても、その個体の以外は異なるものであるということになる。
異種混合とはよく言ったもので、それこそが新しい血を生み出す。
人間は、なぜか知能を持ったが故に、人権差別を文明的に行ってきた不幸な過去がある。
おそらく来たるべき社会は、その人権の対等性と平等性が、社会のコアコンピタンスになるのではないか。
投稿者 t_butta : 04:37 | コメント (0) | トラックバック
2009年12月09日
仕分け
いろいろ大変な時期に、急に変化をしろというお達し。
おそらく今からもばたばたするでしょう。
我々、庶民は、何しろ御上のお達しに従うしかない。
情けないかな庶民というものはそういうもの。
あんまり、そんなことをあてにせず、生きられればいいのだが、社会システムというのは不思議なもので、そうは簡単に、お世話にならず生きられる訳もない。
社会制度や経済の仕組み。そのトレンドや大系というものは、いかに社会に定着し機能しているかと云うことを意志決定者は知っているだろうか。
いゃ、もし知っていたら変えられないだろうけれど。
としたら、夢と希望と具体的未来を展望するメッセージを示してほしい。
少なくとも、自らの領域のメッセージは、自らが持たなければ行けないが。。。
投稿者 t_butta : 23:25 | コメント (0) | トラックバック
2009年12月08日
昨日は大雪
大雪は、二十四節気の1つ。太陽の黄経が255度の時で、雪が激しく降り始めるころ。
というのに晴天。
暖冬という言葉が当たり前になってしまったかのよう。
おそらく年内には、雪は見られないのでしょうか。
冬が暖かくなり、社会も変わり、この変化をどう捉えて良いのかと思うのです。
少なくとも、人間の生物らしい営みからはほど遠くなってゆくこの焦燥感は、自分だけか。
郷愁にすがるつもりはないけれど、おそらく、この変化に違和感を感じずには居られないのです。
投稿者 t_butta : 12:20 | コメント (0) | トラックバック
2009年12月07日
町内会
市街化によって戸数が増え、120世帯余りになる。
その昔は、40世帯ほどだった。
増え始めて十年余になる。
ムラから、コミュニティーに変わってゆく。
投稿者 t_mobile : 01:33 | コメント (0) | トラックバック
2009年12月06日
禅
西田幾多郎と鈴木大拙。
おそらく、幾多郎は、世界を代表する哲学者である。
大拙は、禅の研究で知名がある。
この半年にわたる冬は、なにか、この2人と重なる。
何を考え、想い、感じるか。
無への誘い。
投稿者 t_butta : 03:49 | コメント (0) | トラックバック
2009年12月05日
いよいよ
晴天から、雨に。
いよいよ、冬らしく。
曇天の北陸らし天気。
投稿者 t_butta : 23:37 | コメント (0) | トラックバック
2009年12月04日
催事
7日までやっております。


投稿者 t_mobile : 23:09 | コメント (0) | トラックバック
2009年12月03日
空に書く
小学校の頃、先生に教わったことがある。
宿題が忘れるなら、空に書いて帰りなさいと。
家に帰って空を見ると、書いてあることがわかる。
次の日の朝、家を出て、空を見ると、書いてあることが見える。
なぜか、空に書くと忘れない。
不思議。
投稿者 t_butta : 23:59 | コメント (0) | トラックバック
2009年12月02日
農業とMOT
農業にとって、技術と経営は両輪である。
先日、Society for Techno-innovation of Agriculture, Forestry and Fisheの機関誌に載った原稿を掲載します。
「農業とMOT」
MOTは、Management of Technologyの略であり、技術経営と定義されている。いわゆる技術版MBAとも言われることがある。MOTは、経営と技術を両輪とした経営のあり方を提唱しているともいえるが、そもそもその概念の根源には、野中郁次郎氏が提唱した「知識経営」(ナレッジマネジメント)で定義されている【暗黙知】と【形式知】によって知識を共同化、表出化、結合化、内面化するというプロセスの中で定義しようとしたことにある。また、それによって経営やその組織を活性化しようとするプロセスでもある。
日本農業は、古来、家の継承によって営まれてきた場合がほとんどであり、その継承は、共体験や口述伝承といった方法をとり、しきたり、慣習から気象の観察までを【暗黙知】的に伝承されてきた。これが家督制度によって継承されたが、現代にあっては、すでに、家の継承という概念が大きく変化し、また、すでに主業として農業を営み、その伝承を行っている農家も減った。 いわゆる【暗黙知】の伝承が激減したともいえる。
急速な高齢化と兼業農家の衰退が、優れた伝承すべき【暗黙知】を伝承しにくくなっているいま、その知の伝承を「見える化」するために【形式知】として伝承する仕組みが求められている。この一つの手法として注目されるのが、 MOT(技術経営)の考え方である。国際的技術水準でも高いとされている日本の農業技術を伝承発展させていくかという命題に対して、 MOTの考え方による教育のプログラム化急がれる。筆者は、自らをケースとして北陸先端科学技術大学院大学知識科学研究科(初代学科長野中郁次郎氏)博士前期課程MOT(技術経営)コースで実際に学生として履修を受けることにより農業経営におけるMOT教育の必要性を体得しているところであり、その前提となるカリキュラムとしてのスキル・スタンダード(標準化技術)の整備をはじめたところである。
投稿者 t_butta : 23:48 | コメント (0) | トラックバック
2009年12月01日
師走
今日から師走。
今年も、もう1年が経った。
早かった。
追い込みをかけねば。