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2010年03月31日

年度末


異動の時期である。

いろいろばたばたする。


今日は、今シーズン初めての稲の種まき。

この春は、三寒四温ならぬ七寒八温ぐらいの激しい気温変化だった。

明日から新年度。


どんな春になってゆくか。

投稿者 t_butta : 23:38 | コメント (0) | トラックバック

2010年03月30日

範囲の経済

規模の経済ということばがあるが、範囲の経済というのもある。

これは、一つの領域でいくつかのものを組み合わせるということによるシナジー効果のことを云うらしい。

農協などの総合経営は、まさしくその象徴である。

シナジーを高めて行くことは、その効果の最大化である。別々に何かをするのではなく、「組み合わせ」が重要である。

投稿者 t_butta : 23:25 | コメント (0) | トラックバック

2010年03月29日

規制・制度改革

本日、行政刷新会議に設けられた規制・制度改革に関する分科会の第1回の会合が内閣府で開催された。

非力ながら、小生がこの委員を拝命した。

規制・制度改革というと、何か利権とぶつかってというように一般的には思われているが、決してそうではないと思う。

変わらざる得ないものが、どう変わるかということだと思う。

従って、変わらなくてよいものは、変えないのである。

また、変えないという必要性も確認する必要がある。


集落を生きる場としているものにとって、その集落にからみてどうであるか、全国津々浦々の地域からみて、社会とはどうあるべきかということに尽きる。
そしてそれは、都市のためであり、都市の生活者へのメッセージでもある。

今回、もともと農業を営んできた委員は、小生のみである。
理論家や識者の方々は、確かに理論の上でものをお話しされるだろうし、また、一生活者としておはなしされるであろう。

そいうことでは、農から発し、農に帰結する。
それが、生活者にわかるものであること。

微力ながら、関わりたいと思う。

投稿者 t_butta : 23:33 | コメント (0) | トラックバック

2010年03月28日

天富良

金沢・東山の交番の横を入って左に曲がると、天富良「みやした」がある。

宮下さんは、天一金沢店にいた職人さん。

大家さんとのご縁と、彼とのご縁がつながって開店となった。

今月、31日かせ開店である。


金沢には、天麩羅専門店は少ない。


宮下さんは、まだ若い職人ではあるが、将来を期待したい。

投稿者 t_butta : 23:14 | コメント (0) | トラックバック

2010年03月27日

枠組み


社会にあって、枠組みをどのように定義するか。

これこそが、基盤となる。


何か、各論を論じていくにしいも、その枠組みがなんであるかが意味を持つ。


個人的見方であるが、その枠組みを定めていくのが、日本人は不得手のように思う。


とりあえず、という状況で処理することが多く、継ぎ足しの理念がとおらないものになりやすい。

日本の社会、いや世界の日本、一方、地域からの日本、そして日本の農業、そして地域、ひしては生活者。

これをどう考えるかである。

投稿者 t_butta : 23:56 | コメント (0) | トラックバック

2010年03月26日

つながる食農の会

昨日、つながるJ食農の会の食事会が開催されました。

いわゆる、弊社の食材を食べる会。

あと数本となった弊社の17年産特別栽培山田錦で委託醸造した純米原酒の4年熟成の酒も用意した。

農業のはなし、金沢の文化、地域のあり方、ひとの価値観へと話は広がった。


もちろん、最後は、土鍋で炊いたご飯がしめ。

今回は、卵かけごはんにのりということで、いただきました。

投稿者 t_butta : 23:42 | コメント (0) | トラックバック

2010年03月25日

仲間

仲間由紀恵さんのことではなくて、友のこと。

しかし、友と云うより、仲間。

親に近いくらいの人もいれば、子のような人もいる。

年齢は関係ない。


いろんなことを分け隔て無く話せること。

うちのスタッフとも、そうありたい。

もっと、何かを共有し共感できる関係でありつづけたい。


また、多くの先達先輩からもご指導いただいたし、今も頂いている。

それによって今がある。

いろいろ、皆様に多くのご迷惑もかけてきた。

それにどうして報いるか。

課題だし、努力しなけれはせならない。


そんなとき、苦言を呈してくれる仲間という存在は大きい。


今は、仲間ではなくても、分け隔て無く、おつきあいをさせていただきたいと思う。

人は、類人猿から続く誕生した人類へと帰結するのだから。

投稿者 t_butta : 23:42 | コメント (0) | トラックバック

2010年03月24日

物事には、境がある。

いや、境を定義して、分離している。

ムラには境界があり、市町村にも、県にも、国にも境界がある。

隣村でも、行政が違うとほとんどつきあいがない。

グローバル化する社会にあって、ちいさな畦(あぜ)や水路が、国境のように地域を隔てている。
ある意味、隔絶しているといっても過言ではない。

境は、人と人にも、天と地、水と油、様々なものに境界を定義している。

しかし、それは、あきらかに相対としての比較である。

主観と客観ももそうである。

相対として、比較できるゆえに、そこに境が定義されるが、その相対そのものは、未分である。

主客は、分離できるように見えているが、実は未分である。

隣村は、その隣村に隣村があるから、隣村である。


実態としては、地域や社会は未分であり、万物は相対のように見えるが、未分といえよう。

境は、その相対を定義したものに過ぎない。

主客分離と主客未分。

境という定義は、常に論ずるものでなければならないと思う。

投稿者 t_butta : 23:08 | コメント (0) | トラックバック

2010年03月23日

ネタ


このブログは、生活ネタを中心としている。

やはり、身近であるからにほかならない。

しかし、それはそれで、いろいろあるが、すこーし政策を話題にしてゆこうと思う。

政治ネタではない。政治的には、公正中立であり、その意思を貫徹したい。

なぜなら、ものづくりに政治的視座は要らないと思うからである。

個人の信条は、また別のところで表現することとして、政治はここでは扱わないことにしている。


しかし、政策は別である。

政策は、どの政党であろうと、いち生活者からみて、そして、農業者からみて、また、地域の一員としてみて、何が必要か、何をすべきかということは、重要な問題である。
農業は、特にその脆弱性があり、その問題をどう取り扱うかによる。

また、一方的な、農業問題論や悲観論は、あまり意味をもたない。
なぜなら、農業は、社会に存在するからである。

いずれにせよ、そのような問題を少しは扱ってゆきたいと思っている。


つまらないブログを少しは改善しないとと思い始めた。

投稿者 t_butta : 23:32 | コメント (0) | トラックバック

2010年03月22日

食堂かたつむり

小川糸の食堂かたつむり。


ある人のブログを見ていて読もうと思ってアマゾンで注文した。

高校の時、する仕事がなかったら料理人になろうと思っていた。
単純に料理をつくるのが好きだった。

料理は、
どんな料理をつくるかというアイディアと
いつも違う材料をねらった味に仕上げる醍醐味と、
できるだけ心を込めてつくるという思いを込めることの出来るものである。

料理という日々生活の中にあるもののが、その日常を楽しくしてくれるものであることにほかならない。

何気ない毎日の食こそ、一日一日大切にしたい。

ところで、明日の夜は、友人の開く洋菓子教室に生徒として出かける。
目標は、生地をどううまく焼くかである。



投稿者 t_mobile : 23:52 | コメント (0) | トラックバック

2010年03月21日

春分

すごい黄砂が降る。


春分だというのに寒い。黄砂が凄く、道を走る車もみんな黄砂で汚れている。
晴れたり、みぞれが降ったり。


寒い。

今年は、天気のムラが激しいように思う。



投稿者 t_mobile : 23:27 | コメント (0) | トラックバック

2010年03月20日

春の本格的な嵐。


ビュービューと風が吹く。

凄い風。


なにもかもが飛ばされそうになる。


投稿者 t_mobile : 22:34 | コメント (0) | トラックバック

coffee

いつも飲む珈琲。

カップは、某イタリアブランドだけど、中は、知人のコーヒー店から頂いているもの。


もちろんエスプレッソマシンで入れる。


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2010年03月18日

個と社会

1999年初版で金沢夏樹東大名誉教授の著書。

アマゾンで中古本が届く。

まだ未読だが、個から発想する社会を捉えた本だと理解している。


投稿者 t_mobile : 23:45 | コメント (0) | トラックバック

2010年03月17日

イデミ・スギノ

今は、都内宝町にある洋菓子店「イデミ・スギノ」。

以前は、神戸の北野にあった。


オーナーパティシエは、杉野英実氏。

神戸にあったとき、偶然店の前を通り、入った店である。

その時の店の設えは、少し洒落たケーキ店という感じで、入ってイートインで、ケーキと紅茶を頂いた。

美味しいと感じたケーキだった。

その後、神戸に行く機会があった時、立ち寄ったが閉店していた。

海外に修行に出かけるという話であった。


しばらくして、都内宝町に開店したということを聞いた。
すでに、行列の出来る店になっていた。
まだ、店には伺ったことはない。


店を閉めて修行に行くという姿には頭が下がる。
常に未来へ向けたあるべき姿への挑戦と言っても良い。
今日かせいぜい明日のことばかりに目を向けがちであるが、未来に何を実現するかによって、おそらく、今日明日の姿も変わるだろう。

イデミ・スギノという姿をいつか食したいものである。

投稿者 t_butta : 23:41 | コメント (0) | トラックバック

2010年03月16日

そして、雨

激しい嵐のあとは、雨になった。


雨は、恵みである。

ただ水分だけを補うことではなく、空気中の窒素までを肥料として供給してくれる。

大切な雨。

春は、春らしく雨が降る。


ポタ、ポタ、、、と。


この曙な感じがいい。

雨。

そして晴れ。

へと。

投稿者 t_butta : 04:14 | コメント (0) | トラックバック

2010年03月15日


春一番ではないが、雨の前に嵐が吹く。

電線がびゅーびゅー音を立てると、風は10メートル/秒、以上はある。


こ間の雪で、山梨は50センチくらい積もり、知人のハウスは何棟もつぶれた。


自然災害というのは恐ろしいもので、何もかもを壊すときもある。

侮れない自然環境によって、我々も生きている。

春は、葉を出す季節。

芽生えであるが、季節も変わり目である。

この、嵐はどこに消えたかわからないくらいに静かになっている。

それが、嵐。

投稿者 t_butta : 23:03 | コメント (0) | トラックバック

2010年03月14日

選択的拡大


農業のありかたについて、ある人から何を読んだらいいか教えてほしいと依頼があった。

進めたのは、金沢夏樹先生の経営に関する著書。

それから、小倉武一さんの著書。

東畑四郎さんの著書は少なくて見あたらなかった。


いわゆる、農政の選択的拡大のプロセスとそれがもたらした意味である。

おそらく二極化するであろう農業は、一つは、生活に多くの接点を持ち、その価値をどう高めるかというものと、もう一つは、経済的競争力重視の農業生産とその経営である。
この2つの組合せもあるであろう。
すなわち、すでに、農業は多様な時代を迎えたということである。

一つの何かで、決めつけることではなくなった。


情報化し、知識が中核となる社会においては、すでにはじまった未来への変化に対して、どのような枠組みを形成するかにかかっている。

生活の変化の中に、社会の未来が凝縮されているようにも思う。

投稿者 t_butta : 23:10 | コメント (0) | トラックバック

2010年03月13日

春陽

春は、暖かく優しい。


日差しが、その未来を予感させる。


雨が降るたびに暖かくなる。


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2010年03月12日

twitter

twitter始めています。

http://twitter.com/buttatoshihiro

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2010年03月11日

うどん


うどんは、素うどんがおすすめ。

だしと少しのネギが、さっぱりする。

七味がお勧め。


鍋焼き、天ぷら、月見、さつね、釜揚げ、冷やし、それに、焼きうどんも。

いまは、暖かいつゆにさっぱり食べるのがいい。

蕎麦やパスタもいいが、薄味のうどんが一番いいかも。


投稿者 t_butta : 23:51 | コメント (0) | トラックバック

2010年03月10日

春雪

真冬のように雪が降った。

水っぽい雪だが、雪が積もる。

春は、こうしてだんだん暖かくなる。

それが、春。


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2010年03月09日

ボス


友人の経営している会社の送別会に呼ばれ出席した。

和気藹々とした雰囲気だ。

なれなれしいとまではいかず、主従の関係を保ちつつも、とても和やかな会だった。

おそらく、彼のキャラクターだと思う。


人を育てるという難しいことは、そもそも出来るわけが無く、まずは、人と交わることから、相手を知り、その考えや性格にふれ、価値観に触れてゆく。


そのためには、ボスの役割は大きい。
大したことでもなく、ふつうの人との関係を築くことがいかにすばらしいか。

または、それがまた、いかに難しいことであるかを知る機会であった。

投稿者 t_butta : 23:36 | コメント (0) | トラックバック

2010年03月08日

遠来

岡山から旧知の友が仲間とともに来訪された。


若いときに出会った友は、これまた、いつになっても変わらない。


若かりし頃のある瞬間をともにしたその歴史が懐かしく、また、いまにあってこう出会うこともまたいい。


必ずしも、何か新しくなくとも、味あうよさは、その時間の積み重ねでもある。

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2010年03月07日

江ざらい

江堀ともいう。

今日、町内の川掃除があった。

最近は、開発され農地面積も減り、二時間でおわった。

大切な作業である。


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2010年03月05日

啓蟄

啓蟄(けいちつ)は、二十四節気の1つ。または、この日から春分までの期間。
大地が暖まり冬眠をしていた虫が穴から出てくるころ。とされている。


次の日曜は、集落の江ざらいである。
水田の川掃除である。


いよいよ春が始まるという気分。


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2010年03月04日

規制改革


行政刷新会議が、規制改革を進めることがニュースで流れた。

規制改革には、プラスとマイナスの2つが伴う。

変えてはいけないもの。
変えなければならないもの。

この2つをどのようにバランスを取るか。
時間軸をどのように定義するかということだ。


おそらく、この政治体制が続くとするならば、そのあり方が重要となる。

すでに、モノからチシキへの時代に入った。

チシキは、テツガクが基盤となっている。


社会の持つ思想と哲学のリストラが求められる。

モデルの時代に入ったことは明らかであり、そのモデルが持つコンセプトが意味を持つ。

規制改革に理念をどう入魂するかが求められるのではないか。

投稿者 t_butta : 23:07 | コメント (0) | トラックバック

2010年03月03日

空腹


最近、空腹状態をつくってみている。

どれくらいどうなるかと。

案外、なんともない。


おそらく日本人は、カロリーの摂取過剰に陥っている傾向が強い。


空腹になると思考が低下すると思いきや、けっこうさえてくるモノです。


目標は標準体重。


これで、医療費が減れば、そんないいことはない。

しかし、今はあまりにも情報が多すぎてどのように健康管理していいか、これまた、わからないのです。

なにか、こうすれば良いという知恵をお持ちの方はいませんか。

投稿者 t_butta : 19:07 | コメント (1) | トラックバック

2010年03月02日

先達

先輩の方から話を聞くことが多い。

農業は、経験とその知見によって積み上がっている。


どんなに知識として知っていることも、経験知にまさるものはない。


長幼の序とよくいうが、それこそ、先達の持っている経験の知をから学ぶことが多い。


先達の話に耳に傾けることは忘れてはいけない。

投稿者 t_butta : 23:22 | コメント (0) | トラックバック

2010年03月01日

時代

中島みゆきの唄ではないが、いまの時代を鑑みる。


その時は、いまだ経験したことのない状況である。

縮小する経済にあって、あたらな動きもある。

また、人と人の関係をもあらたな状況を迎えている。


多様化。

個化。


どんな時代をつくるかは、現代の当事者に求められている。

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