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2010年07月31日

日めくり

部屋の日めくりカレンダー。

「粘り強さが福を呼ぶ。」

確かに!


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2010年07月30日

出穂

コシヒカリの穂が出始めた。

遅れるかと思ったが、今年は、平年の早さだ。


穂が出るときに、大風が吹いたりフェーンになると良くない。


今年も豊作を願う。


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2010年07月29日

連携

いまの時代は、ヨコのつながりの重要度が高まっている。

縦社会で動いていた時代には、あまり注目はされなかったと思うが、縦機能が陳腐化したこともあるだろうが、情報化によってヨコをつなげる機会が生まれた。

農商工連携や食農連携、産学官連携など、いろいろ言葉があるが、そのつながりの基本は、人と人である。


「つなぐ」ことによって何が生まれるか。
新たな出会いによって、新たな価値観思想哲学に出逢うことが、その動機となる。

イノベーションというほど大それたものではなくても、そこに生まれる小さな魂が社会を良くしてゆく源泉となればと思う。


時代は、移ろいやすいものに見えるが、けっして根拠なしに動いているわけではない。

社会の根底から透かしてみれば、その未来が見えるかもしれない。

混沌とした時代、何をもって成すか。


連携という機能は、その背景に、理念が必要である。

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2010年07月28日

co

coの意味。
ネット辞典で調べてみた。

「共働で」「共に」‖co-operate.

「同程度に」「等しく」‖coextensive.

「相棒」「パートナー」‖coauthor.

「代理」「補助」‖copilot.

実際には、coop、Co. Ltd.、Commons などがある。


coという意味は幅広い。


投稿者 t_butta : 23:56 | コメント (0) | トラックバック

2010年07月27日

欠食

1932年7月27日 - 文部省が、世界恐慌や前年の北日本の凶作の影響により、農漁村の欠食児童が20万人を超えると発表。

欠食とは聞き慣れない言葉になった。

子供の頃、よく腹を空かして、おやつを食べるのが楽しみだった。

いまは、日本は飽食の時代。

しかし、世界の国では未だ飢餓が起きている。

日本にいて何が出来るか、ほんとうに考えなければならない時になったと思う。


それから、真の意味での食育も求められている。

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2010年07月26日

土用の丑

うなぎの日。


世の中、みなうなぎを食する日。


今年は稚魚が少なく割高だとか!


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甘酒

今日は、金沢市内で甘酒講習会。


さて、上手くゆくでしょうか?


炊飯器JA



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2010年07月24日

虫送り

今日は地元富奥地区の虫送りの日。


タイマツと太鼓で虫をおびき寄せ、焼き払う行事。


稲の豊作を願う行事でもある。


今年は梅雨も明けいい天気だった。


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2010年07月23日

大暑

今日は、大暑

二十四節気の1つ。太陽の黄経が120度に達した時で、夏の暑さが最も厳しい時期に当たる。2001~2010年の間では、2004年・2008年で22日、それ以外の年で23日。ただし、日中で異なる年もある。


暑かった。

ところによっては、40度近い温度にもなった。

今年の春は寒かったから、とても心配していたが、夏らしい夏で良かったと思う。


暑いときは暑く、寒いときは寒く、その季節の移り変わりを楽しめるのがいいと思う。


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2010年07月22日

米騒動

越中女一揆といわれる1918年7月22日の夜間からはじまったとされる米騒動

今の時代にこんな事は起きないと思うのは一般的な事だと思うが、時代というのは予測できない局面にある。

新たな時代に突き抜けられてないでいる今の日本は、何をすべきか。
また、何に向き合い、何を実現すべきか。

混沌としているからゆえに、未来を展望したいと思うのであって、一部の成功者だけが社会を制御できるわけでもない。


米騒動の時代も、今も変わらないのは、くらしの中にある気持ちだと思う。
民意と云えば聞こえはいいが、おそらくそれは、生の声でないのではないか。

同列で向き合うこと、同じ目線で考えること、それを忘れていたのでは無いかと思う。

うれしいことは何か。
きっと、その人の気持ちのど真ん中にあるもの感じる何かをしてゆかなければならないと思う。


米騒動 以下抜粋・・・
大正7年7月22日の夜から23日にかけて、富山県魚津の主婦達が米の県外移出を防止する集団行動を起こした。この米騒動は全国に波及した。

1918年7月22日の夜間、富山県下新川郡魚津町の魚津港に、北海道への米の輸送を行うため「伊吹丸」が寄航していたという。荷積みを行っていたのは十二銀行(北陸銀行の前身)で、その倉庫[2]前へ魚津町の女性労働者ら十数人が集まり、米の船積みを中止し、住民に販売するよう求め嘆願した。

この時は巡回中の警官の説諭によって解散させられたが、住民らは集会をはじめるなど、米の販売を要望する人数はさらに増加していき、翌月8月3日には当時の中新川郡西水橋町(現富山市)で200名弱の町民が集結し、米問屋や資産家に対し米の移出を停止し、販売するよう嘆願した。

8月6日にはこの運動はさらに激しさを増し、東水橋町、滑川町の住民も巻き込み、1,000名を超える事態となった。住民らは米の移出を実力行使で阻止し、当時1升40銭から50銭の相場だった米を35銭で販売させた。

これが地方新聞(8月9日高岡新報)の記事から始まり、全国の新聞に「越中女一揆」として報道されることとなった米騒動の始まりといわれている。

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2010年07月21日

保険

農業には、作物保険がある。

農業共済という公的なシステム。

そして最近は、天候デリバティブが現れてきたが、作物そのものにかけられているものは聞いたことがない。


今年は野菜が高騰しているが、農家の手取りは必ずしも多くはない。
品不足になり、総額は明らかに減少していることが多い。

農業は、いろいろなリスクに直面する。

そのリスクをうまくコントロールできる仕組みが求められている。


コストと担保力のバランスだと思うが、最終的には、大災害や天変地異に対応するためには、国の補償が必要となる。


くらしとしごとを守る仕組みは時代とともにその要請が変わる。


再考する時に来ていると思う。

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2010年07月20日

梅雨明け10日

全国が梅雨明けをした。


ある人曰わく、梅雨明け10日は暑いとか。


今日も暑い日だった。


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2010年07月19日

雲上の農

高知県大豊町、梶ヶ森。


雲上にある農場で畜産と野菜を栽培する先輩。

こんなところでと思う場所だが、素晴らしい生き様をみた。


数度訪れたが、何度伺っても、感銘を受ける。


間伐材二百本を使ったロッジも素晴らしいが、そこに生きる姿は、他にない。


どんなに厳しい地に立っていようとも、営む農。

雲上は別世界だった。


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2010年07月18日

農業者大学校

農業者大学校同窓会で勉強会があった。

社会を考えて農業をする。

未来の日本農業を考える。

日本の農業が世界に通用するようにする。


だから、国家的な農業者(経営者)教育が必要。


日本の農業に責任を持つことを基盤として。


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2010年07月17日

先達


たまにしかお目にかからないが、ご指導いただく先達との会話。

いつも示唆に富む、または、見透かされているような指摘、そして、共感できる考え方。


いずれ、人は皆終着駅を迎えるが、その終着駅へどうたどり着くか。


ドラッカーに出逢ったのも、この方とのご縁だった。

また、二十数年ぶりに、その出会い以上に匹敵する示唆だった。


何か、いつも関わりがあるわけでもなく、ほんの偶に、話す程度だが、この刺激は他では得られない。

唯一無二である。


ほんとに、未熟なものに的確な指摘と示唆を与えていただける先達は、自らが目指す姿かもしれない。


いぶし銀とは、こういう事をいうのかもしれない。

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2010年07月16日

今日のコシヒカリの田んぼ。


色は少し浅いが、追肥をしたばかり。


先日の風で少し葉先が傷んでいる。


今の稲の色は美しい。

追肥をすればススキの葉のように濃くなる。


さて、梅雨明けはいつか?


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2010年07月15日

中元

中元は、7月15日のことを云うらしい。それも旧暦で。


元々は中国の道教の行事で、三元からきているとか。

旧盆や新盆と重なり、贈り物をするようになったらしい。


いまでは、核家族がすすみ、1人所帯も増え、贈り物をする機会は少なくなった。


いまでは、新しい生活スタイルが、それぞれの中で個性的に作られている傾向にあり、何か、統一的に横並びですることは減った。

中元もその一つである。

しかし、季節の節目としての中元は、いろいろと重要な意味を持つ。

農村の暮らしにあっても、それはそれとして重要である。

私たちの集落は、旧盆に墓参りをするから、中元は、8月15日である。

いろいろと、かわりゆく現代で、その節目を見つめることは意味のあることである。

投稿者 t_butta : 19:17 | コメント (0) | トラックバック

2010年07月14日

廃藩置県

明治4年旧暦7月14日(1871年8月29日)に廃藩置県の詔書が出されたことを記念して、7月14日は廃藩置県の日となった。

いまでも、石川でいえば、能登・加賀と云う。


越前・越中・越後とも云う。

実際は、廃藩置県は行われたかというと、まだまだその地域の縛りによっておこなわれることも多い。

なぜなら、その地域的サイズやその文化や民度がなぜか扱いやすい規模であるのだろう。

最適のサイズは、今も昔も変わらないものもある。

そのサイズとかバランスとかが、おそらく心地いいものであったり、機能面で優れているのだろう。

廃藩置県に基づいた道州制というのもあると思う。

おそらく、そのことを論ずる必要はもう迫られているように思う。

投稿者 t_butta : 23:02 | コメント (0) | トラックバック

2010年07月13日


農のくらしは、動物や植物を飼養して、その生業を立てる。


きっと、産業や経済とはほど遠いものなのかもしれない。

そもそも、生きものは金勘定で生きてはいない。


人も同じだった。


人の生き方が複雑系になり、さらにそれを利便化すめために貨幣経済が作られた。

人は、人として、その様々な欲望に翻弄されている。


いったい何処に帰結すべきか。


人としての行く末は何処か。


農を探求するにほかならないと考えることでよいのだろうか。


農と人。

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2010年07月12日

手取川

手取川は、手取川ダムが出来る前には、暴れ川と云われ、特に1934年(昭和9年)7月の災害は手取川最大の災害として知られていると聞く。

私たちは、七ヶ用水の郷用水の恩恵を受けている。


雨は、多くても少なくても困る。

ダムの弊害も利点もある。


集中豪雨がゲリラと云われるようになれば、新たに水利用を再考する時に来ているのかもしれない。

先人が、いろいろと積み上げてきたその成果は、現代にあってどのように活用し、未来への展望を開いてゆくかである。


水というだれもが、または、どこにでもあるものを改めて考えてみるとおもしろい。

投稿者 t_butta : 23:53 | コメント (0) | トラックバック

2010年07月11日

アルカリイオン水は、もうすでに生活の中で、よく使われている。
しかし、その昔は、井戸水などを飲んでいた。
ペットボトルも殆どなかった。

名水といわれるものは、水のクラスター(塊)が小さく腐りにくいと云われている。

弊社も、数年前に地下水に切り替えた。

水が柔らかく、とても優しい水である。


索泉会社のひとの話によると、数メートル離れても、水質が大きく変わるときもあるという。


丁寧に水を大切につかってゆきたいとおもう。

の多くは水で成り立っている。

野菜もそうである。

大根などは、90数%が水で構成されている。

水がいかに大事か、それぞれを見ればよくわかる。

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2010年07月10日

選ぶ

参議院議員通常選挙


何を選ぶか。


日本のあり方を抜本的選択できる選挙であってほしい。


機能としての政治は、何をすべきか。


暮らしと仕事を良くする機会であってほしい。


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2010年07月08日

挨拶

おはよう。 こんにちは。 こんばんは。 おやすみなさい。 ごきげんよう。 お願いします。 失礼致します。 ‥‥‥‥


いろいろな挨拶がある。

人生は自分との共生であり、自分への挨拶である。


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2010年07月07日

葉の色


今日は、
五節句の一つである七夕
そして、小暑
東の空に三日月。


そんな暑くなり始めたいま、

水田の稲も、葉の色が濃い。

葉の色も、葉の縁と真ん中では微妙に色が違う。

今年は、そこそこ暑い天気になったので、稲は順調である。


雨も降り、葉の色は、さらに緑を増す。
雨には、微量の窒素成分が含まれているからだ。
窒素成分は、肥料養分の中核をなすものだから、葉の色でその多い少ないが解る。


葉の色は、栄養のバロメーターでもある。


こうして、木々をみるとき、その植物の生命力を感じる。

稲とて、その生物としてのエネルギーは、外へと発している。


緑を見て、感じて、何かしら癒しや生命力を感じるのも、人間が生きている証である。

投稿者 t_butta : 23:08 | コメント (0) | トラックバック

2010年07月06日

梅雨

局地的な豪雨で大変な事になっている。

ここ石川も、昔のようなパターンが決まった梅雨ではなくなった。

6月下旬から7月上旬かけて、しとしとと降る雨という毎年決まったような天気ではなくなっている。


このよう天気がどう変わるか。

予想は出来ない。

天気のパターンが読めなくなりつつあるいま、さらに農業は天候との駆け引きになる。

投稿者 t_butta : 11:02 | コメント (0) | トラックバック

2010年07月05日

再会


長らく連絡をとろうと思っていた知友との再会だった。


元気そうな様子で何よりだった。


淡々としていても、その姿は、昔と変わらない。


何よりも、覚えてくれていたことが嬉しかった。


経済や効率や損得でものを考えがちな時代であるが、おそらく、その全てを導くのは、その想いであると感じた。


いつも、こうして、情緒的なことしか書かないが、おそらく、捉えようのないそのキモチが、いろんなものを決定づけている。

再会は、ことに嬉しい出来事だった。

投稿者 t_butta : 23:55 | コメント (0) | トラックバック

2010年07月04日

日本

日本は、日本である。


島国である。


知るべきこと、交わるべきことが、たくさんある。


日本といふ国。

ジョン万次郎が果たしたように。


外に出るとよくわかる。


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2010年07月03日

スウェーデン

参院選挙の政策討論の中でもよく取り上げられるのが、スウェーデンの国のあり方。

北欧は総じて福祉国家とされているが、その中でも、スウェーデンが注目されるのはなぜか。

人口およそ1千万人、首都ストックホルムの人口はおそよ百万人。国土は日本の1.2倍。
日本を十分の一にした感じではあるが、H&Mボルボイケアなど世界を代表する企業がいくつもある。

教育は、大学までタダ。
福祉も充実している。
移民も人道的に受け入れている。

おそらく、成長から持続への変化が一番は早かったのだろう。
縮小均衡に向かう日本は何をすれよいのか。

これは重要な課題である。


内向きな政治や社会体制から、真の意味での国際化に向けたスタンスが問われている。

投稿者 t_butta : 13:28 | コメント (0) | トラックバック

2010年07月02日

半夏生

今日は、半夏生(はんげしょう)。
雑節の一つ。

そして、
の日(日本)
蛸研究会が制定。関西地方では7月2日頃の半夏生に蛸を食べる人が多いことから。
といわれている。


そういえば、5月の末に田植え休みというのがあって、よくこの頃に集落の公休日があった。
そんな流れをくんでいる日なのかもしれない。

農家は、季節によって仕事の流れが決まっている。
それによって、休みが取れたりする。
今は、梅雨で「雨やしこ」といって雨が降るとよく休みになったものだ。

欧米では、バカンスが始まっている。
北欧などは白夜にちかくなり、1ヶ月間ほどの休みを取る。

まあ、固めて休みを取るか、または、いろいろ季節の移ろいを楽しむか、それぞれである。


ところ変われば、文化も人も価値観も変わる。

おもしろい。

投稿者 t_butta : 04:06 | コメント (0) | トラックバック

2010年07月01日

戸別所得補償政策


毎日新聞にコメントが載った。


さらに詳細を申し上げるとこういうことだ。


政権が変わり、わかりやすくなったのは事実だが、給付対象(払う相手)がこれでいいのかということである。

また、給付水準(金額)も同じく。

政策としての実効性やその未来のビジョンに向けて、意味づけれているかということ。

財政危機にあって、無駄な投資は控えるべきだが、何もしなければ、成果を生み出さない。

したがって、この相手と額で良いかということ。


今年は、モデル事業として始まったから、そのズレを修正する年でもある。

普通の人に解る政策でなければならない。

投稿者 t_butta : 04:44 | コメント (0) | トラックバック