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2010年11月30日

食と農林漁業の再生実現会議

官邸で菅総理や関係閣僚、有識者が出席して食と農林漁業の再生実現会議が開かれた。

議論は、TPPと分離してどのように国内農業を改革してゆくかである。


ハイレベルな包括的経済協定はともかく、農業が内向きであったのは事実であり、諸外国に比較して、改革が遅れている感は否めない。

日本らしく、日本人そのものが原動力となり、日本の農業の姿を示しゆくべきであると思う。


少なくとも、日本が最適な選択をし、その結果が農業の将来を建設的に提案するものである必要がある。


さて、今後どのような議論がされるか、注視したい。

投稿者 t_butta : 23:19 | コメント (0) | トラックバック

2010年11月29日

モネ

新聞にモネの睡蓮が載っています。


睡蓮は、ある友人が生産販売をしている。


静かで凛といている。

何度みてもあきない


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2010年11月28日

京野菜

京都の友人が扱っている京野菜は素敵なものばかり。

この人参なんてとっても京人参らしい。


なんとも言えない優しい気配が漂っています。


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2010年11月27日

包括的経済連携

日本が、「国を開く」と11月9日の閣議で決定した。


ちょうど、NHKの「龍馬伝」と重なる。

時代の変遷は、ドラマ仕立てで全てが伝わるわけではない。
特に、どこにでもある出来事や平民の生き様は、伝わりにくかったのではないかと思う。
特に、それによって苦しめられた人たちの声や思いは、その立場の弱さで伝わることも少なかったのではないだろうか。


昨今のTPP議論、ここで重要なのは民意ではないかと思う。

その民意をどう的確に酌みとり、伝わるように民意に働きかけるかである。


どうなるかわからないものに賛否は示せない。
このような局面こそ、それを主導し考える当事者の考え方がどう示されるかにある。

意図がどう働くのか、また、何をもってゴールとするのか、そういうものを示してこそ、社会の賛意を得られるということだと思う。


経済連携は相手のある話であるから、これまた、戦略的である。


日本にとって、最適の社会を持続的に構築するためには、何を成してゆくか。
これが答えであると思う。
国益と国民益を踏まえた農業のあり方は何か。
もちろん、農業者も国民の1人であることは云うまでもない。


投稿者 t_butta : 23:09 | コメント (0) | トラックバック

2010年11月26日

聞く


ある農業法人の社長から8時間のヒアリングを行った。

気づかないことが、少しずつ解ってくる。


殆ど休憩無く、聞きたいことをどんどん聞いてゆく。

それに、その社長はどんどん応えてくる。


意識しないまま考え行動していることが、ほんの少しずつ見えてくる。


聞くということは、応える事よりも難しい。


投稿者 t_butta : 23:21 | コメント (0) | トラックバック

2010年11月25日

報恩講

今日は、ほんこさん(地元でいう言い方)。正式には報恩講(報恩講)


お寺さんが来られて、集落の門徒のみなさんと一軒一軒お参りに回る。

私たちのところは今日、11月25日に決まっている。
今年は我が家が最初のお参りだったので、9時に僧侶と皆さんがお参りに来られた。


北陸では、この時期にこうして報恩講が各所で行われる。


小さな時、からこの風景は変わらない。


これは、報恩講の床飾り。


投稿者 t_mobile : 09:40 | コメント (0) | トラックバック

2010年11月24日

人見知り

おそらくこんな事をいっても否定されるのだろうが、自分は、極端な人見知りである。


ある取引先のお店で存じ上げている方とある人を介してお会いする機会があった。


双方ともなかなか話す機会がなかっという話に。


知らない人と会うと、どうも黙りこくってしまう。


そもそも、そこそこの歳になるまで、とても無口で地味だった。

そして、夕方、コピー機の修理を頼んだら、来社したサービスマンが、見たことある人物だった。
高校の同級生だった。
彼とは、高校卒業以来、三十数年ぶりに会った。

何より、変わらず元気そうな姿を見て、なんかホッとした気分になった。

投稿者 t_butta : 23:05 | コメント (0) | トラックバック

2010年11月23日

11月23日

今日は、小雪
二十四節気では、小雪が降り始める頃。

子供の頃は、ちょうと今頃、積雪があった。
車のタイヤ交換も、雪囲いもあわててやったものだ。

そんな寒さが遠のいて、少しは寂しくなった。
雪が遠くなるのは、良いような悪いようなそんな気持ちになる。


勤労感謝の日という意味合いは、
新嘗祭農林水産祭も執り行われ、
外食の日でもある。

労をねぎらう日であった。

投稿者 t_butta : 23:36 | コメント (0) | トラックバック

2010年11月22日

失念

ある方との大切な約束を失念してしまった。

何度も何度も電話を頂いていた。

誠に失礼な事をしてしまった。


心からお詫びいたします。

投稿者 t_butta : 22:58 | コメント (0) | トラックバック

2010年11月21日

上林の風景

近くのホームセンターの屋上から。

上林の風景も10年前から大きく変わった。


4枚の写真は、北から西を経由して南へ。
北北東、西、南西、南、南東の5枚。

そして2枚目の写真の真ん中に見えるのは、上林集落の社、林郷八幡神社。
ここは、十勝毎日新聞の創業者の林家の祖先、林氏を祀ってある。

なにせ、今日は日曜で車が渋滞。
この写真の向こう側は農業振興地域で田圃しかない。

我が家は、ちょうど太陽の方向。

南側の写真の向こうに白山がかすんで見える。

投稿者 t_mobile : 17:25 | コメント (0) | トラックバック

2010年11月20日

Margherita

マルゲリータ・マリア・テレーザ・ジョヴァンナ・ディ・サヴォイア(Margherita Maria Teresa Giovanna di Savoia, )は、イタリア国王ウンベルト1世の妃で、広く国民から敬愛された王妃の名前が、マルゲリータというピッツァの名前になっているとか。


今日は、ピッツァの日らしいが、たまたま、今日、自宅にコンパクトなコンベックスオーブンが届いたので、ピザでも焼こうとおもっていたところだった。


いつだったか、だいぶ前に地元の雑誌に男の料理でピッツァをやっているところが載ってから、知り合いのイタリアレストランに行くと冷やかされて具合悪かったことがあった。

ピッツァはお好み焼きみたいなもので、手軽な食べ物だと思う。

粉好きの自分は、どちらもお勧めです。
最近は、米粉でやるのもいいと思い挑戦中です。


投稿者 t_butta : 18:58 | コメント (0) | トラックバック

2010年11月19日

判明

昨日の冬水田圃は、乾田直播の事前代掻きだということが判明。

なんとなくそうだと思っていたが、やはりそうだった。


というか、これで、来春の新しい稲作りのアイディアを思いついた。


まずは、やはり在来方式の究極までの探求が、品質と生産性を改善すると思う。

早速、従来の田植機を注文せねば・・・


そのうち、冬鳥が、羽を休める田圃にしたいと思う。

投稿者 t_butta : 19:03 | コメント (0) | トラックバック

2010年11月18日

冬水田圃

美川にある冬水田圃(ふゆみずたんぼ)。

冬鳥の羽を休めるためか、早々と春に向けての代掻きか、または何か目的があってのことか?

冬水田圃は、どんどん代掻きして作られていった。


投稿者 t_mobile : 18:03 | コメント (0) | トラックバック

2010年11月17日

こたつ

我が家にもすでに、こたつが登場している。


もちろん、その昔のような掘りごたつではないし、豆炭や練炭でもなく、ただの電気こたつである。

しかし、たまにしか入らないが、みかんと団欒はつきものである。


投稿者 t_mobile : 23:55 | コメント (0) | トラックバック

2010年11月16日

生産者米価下落で何が起きるか

TPPの議論にかかわらず、米の生産者価格は下落している。

これは、戸別所得補償が機能しているからという見方があるが、その原因の探求はさておいて、米の価格下落は今後も続きそうだ。

これは、消費と生産の需給バランスの先行きと、実態としての米の価格の評価、それとデフレが追い風になっていると見られる。

米の価格下落は、これはこれで深刻だが、さらに、米の下落によって引き起こるのは、農地価格の下落である。


バブル期の特別な価格であるが、その時代からみてもこの十数年で十分の一になっている農地もある。
この状況が続けば、さらに農地価格は下落し、その価格は現在の十分の一も可能性として想定してもおかしくはない。


農地の価格下落は、地方の経済を直撃すると思われる。
この深刻な状況は、おそらく地方をどん底に陥れる可能性が見えてくる。

危機感を煽るわけではないが、そんな状況もあるという事を考えざる得ない状況に向かっているのは確かだと思う。


いま、一度、農とは何か、地域とは何か、または、経済とは、成長とは、、、、
考えるには時間がなさ過ぎるように思う。


、、、、、


投稿者 t_butta : 23:22 | コメント (0) | トラックバック

2010年11月15日

X次産業化

六次産業化法案の修正で、六次という名称は削除された。

これは、これで、意味のある結果だ。

どれだけ付加価値をつけようとも、その生産物は変わらない。


ただ、云えるのは、それをどれだけ価値の高いものとの組合せが出来るかというために、どのように生産をし、それを提供するかである。


一次産業の部分は変わらない。


だからこそ、その一次産業の部分をどのように改革するかだ。


Xという仮説が、意味をなすのであって、最初から六次と決めつける意味もさしてあるかどうか。

そんな議論がされるのは、適切である。


もはや、日々、グローバルな世界へ開放されてゆく日本の社会にあって、何をもって、日本とするか、
それが問われているのは云うまでもない。


だから、何処へ向かうか。

指し示すのは、政治ではなく、民なのかもしれない。


投稿者 t_butta : 15:15 | コメント (0) | トラックバック

2010年11月14日

1日

今日は1日大阪日帰りだった。

新・農業人フェアという就農フェアに出展した。

朝7時前に松任から電車に乗り、小松で乗換、大阪に向かう。


今回は、あまり来場者が多くなかった。

それも学生も少ない。

出展者は北海道勢が大勢、遠来大阪に来ていた。


農業者大学校の後輩が顔を出しに来た。
父上も親しい仲で、ご挨拶に伺った。

昔、研修に来ていた野々市出身の今は四国の著名な農園の農場長をしている彼も挨拶に来た。
私が紹介した熊本の研修農場で知り合った彼女と最近結婚したらしい。
なかなか男前になっていた。
いろいろ話した。


終わりがけに、昆虫の研究をしている若い夫婦が来られた。

彼らは、夫婦で農業をしようとしているが、昆虫の研究を生かした農業をしてみたらとアドバイスした。
生産者と経営者も違うし、何をどうしたいかによるとも。


募集はこの一組だけだったが、いろいろな人と出会って中身の濃い話が出来た有意義な時間だった。

終了後、また同じ大阪駅から金沢に向かい帰宅した。
案の定、帰路も爆睡だった。

投稿者 t_butta : 23:35 | コメント (0) | トラックバック

2010年11月13日

安否消息

ある友人の話。

このブログは、安否消息の確認のために見るという。

本来のブログの目的ではないが、それでも見ていただけることは有難い。


まあ、彼とは、家族のような兄弟のようなそんな感じもする。


そんな方々が何人もいらっしゃることはとても有難く思う。


投稿者 t_butta : 23:36 | コメント (0) | トラックバック

2010年11月12日

黄砂

冬間近なのに黄砂で霧がかかったよう。


七尾の帰りの能登海浜道路。


太陽までもが、月のように霞んで見える。


投稿者 t_mobile : 16:13 | コメント (0) | トラックバック

2010年11月11日

深秋

紅葉が美しい季節になった。


木々の緑が、雨風とともに深まりゆき、紅葉が深くなってゆく。


ひらりと揺らめく木々の葉。

ずっと深まりゆく秋は、しづかな冬への誘い。

そして、もうすぐ自然は眠りに就く。

投稿者 t_butta : 23:54 | コメント (0) | トラックバック

2010年11月10日

稲作

稲作経営者の北信越の大会が富山であった。

夕方から参加した。


TPPの問題はもとより、米の価格下落が話題となった。

あの米王国新潟も例外ではなく、価格下落が著しい。

みんな稲作経営がどうなるか心配顔だ。


いままで先送りしてきた国内の稲作経営の体力強化が、ここにきて慌てている。


米は、瑞穂の国「日本」の政(まつりごと)にも使われてきた神聖なものである。


おそらく、米の行く末が、日本の行く末と重なるのではないだろうか。

投稿者 t_butta : 22:55 | コメント (0) | トラックバック

2010年11月09日

見送り

TPPの閣議決定が大幅に後退した内容となった。

しかし、来年秋までに改革をすすめるとか。


いままで、たくさんの時間があったはず。

あれこれ騒いでみてもしょうがない。

おそらく、すでに峻別はついているのかもしれない。


なぜなら、それは、後退して決着しても遅くないからである。
経営の峻別がついていると思えばそうだが。


投稿者 t_butta : 23:46 | コメント (0) | トラックバック

2010年11月08日

蕎麦と料理

とある蕎麦屋のご主人は、若いのにご苦労された方。

そしてその師匠兄貴と敬われている料理屋のご主人。

お二方は、ご夫婦でお店をされている。


もちろん、売りは、その優れた蕎麦と料理であるが、何とも尊敬するのは、その温かさである。

切れのいいクリアな部分と何とも云えない深みが両立されている。

これはまた、だれでもできることではない。

おそらくまだまだ著名な店は数多くあると思うが、その飾り気のない真摯な姿勢は、素晴らしい。


そして、その優しさは誰にも負けない芯の強さと情熱を感じる。


学ぶべき師とは、こういう方だと思った時だった。

投稿者 t_butta : 23:45 | コメント (0) | トラックバック

2010年11月07日

晴れ

晴れのいい日曜日だった。

暖かい11月の好天。


投稿者 t_butta : 23:28 | コメント (0) | トラックバック

晴れ

晴れのいい日曜日だった。

暖かい11月の好天。


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2010年11月06日

楚蟹(ずわいがに)

今日、11月6日はずわいがにの解禁日。

一斉に漁がはじまる。


ここに来て、温暖化によると思われる海水温上昇が影響を及ぼしていないか、気になるところである。


そもそも、このカニは、いつから食べるようになったのだろうか。


はつものをいただくのは、当分先になりそうだ。

投稿者 t_butta : 23:29 | コメント (0) | トラックバック

2010年11月05日

ピンバッジ

部屋を掃除していたら、こんなピンバッジを発見。


昔、父からもらったもの。

食管法時代の米価運動時代に配られたもののようだ。

表は、1974年、昭和49年に10㎏あたり2,784円を要求している。
おそらく当時の政府に要求しているのだろう。
60㎏に換算すると、16,704円となる。
今より遙かに高い水準だ。
裏には、農協米対中央本部と書かれてある。

なにか、その昔の歴史を感じるものだ。


今は、貿易自由化議論がTPPというステージで議論される可能性が出てきた。

開放問題もさることながら、国内で何を変えてゆくべきか、既に本格的な議論が収斂されるべき時期なのに、何がどう話し合われているのか。

現場には聞こえてこない。



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2010年11月04日

生姜

今年、生姜を作った。

何でまた生姜かというと、個人的には、がりが好物だ。
鮨よりも、がりが好きと言ってもいいくらいだ。

生姜は、薬味としても山葵と並んで双璧である。

このなんとなく辛い風味が絶品である。

先日、収穫したばかりの生姜をそのまま囓(かじ)ってみた。
フレッシュで、なんともいえない目が覚めるような新しさとその土のかおりの余韻がその向こうから漂うような生姜特有の辛さだった。

農業に就いていても、全ての植物の採れたてを食べたことがあるわけではない。


ひとつひとつ丁寧にこうして育つ作物の脇に寄り添いたい。

投稿者 t_butta : 23:03 | コメント (0) | トラックバック

2010年11月03日

文化の日

やはり11月3日は晴れた。

10月10日と並んで晴れの特異日だというのはあたりまえのように云われるようになっている。

この晴れの特異日という滅多にない日柄は、なにか、その人の営みに安堵を与えてくれる安息日のようなもののよう感じる。

きっと、だれか空の上から雲を吹き飛ばしているのだろう。


文化の日という暦をよみながら、天の恵みを感じる大切な1日だった。


投稿者 t_butta : 23:53 | コメント (0) | トラックバック

2010年11月02日

1912

ランツのトラクター。


1912年に日本に輸入された最初のトラクターだとか。



投稿者 t_mobile : 21:38 | コメント (0) | トラックバック

2010年11月01日

群落とチャンク

群落(ぐんらく)は、
一定の自然環境で、互いに有機的なつながりをもって生育している異種の植物の集まりのことをいう。

チャンク(Chunk)は、
情報の数値などの塊のことをいう。

この二つは、全く違うアプローチから来たものであるが、その接点は、いずれも、面や塊として見ることである。

優れた棋士が、その将棋盤を面としてとらえるように、農家もその作物を面としてとらえる。


車で、道を走ると、田んぼ一枚を一カットづつ写真にとるように見ることになるが、まさしくその現象である。


田んぼは、「平たく作る」という指導は、ある先生の銘言である。
緑と黒と黄と赤が混じり、それに光が当たった状況が、一枚のキャンパスである。
ピカソの絵は、まさしくそれと同じである。


投稿者 t_butta : 10:18 | コメント (0) | トラックバック